明治以降の蔵書135万冊を収めた5000平方メートルの研究書庫。照明を抑えた空間に、天井近くまで高さのある書架が並ぶ。古びた背表紙の歴史書、英語や中国語で編まれた海外文献、作家・坪内逍遥らの寄贈図書――。文化構想学部1年の 安延 穂香さん(19)は「蔵書に圧倒される。自分よりはるかに長い年月を過ごした本を手に取ると、何世代もの学生たちが読んできた歴史の重みを感じる」と話す。
書庫は三角の形をしている。本を探して奥深くまで入り込むと、どこにいるのか分からなくなることも。そんな時、頼りになるのが天井の蛍光灯だ。一部が赤と緑のアクリル製の筒で覆われ、書庫内の通路どこからも、どちらかの色が見える。
そこを探して歩み寄り、たどって行くと、やがて2色が交差する所が、1か所しかない出入り口。貴重な資料を集めた地下の書庫へ入るには、1階のロッカーに荷物をかばんごと預ける必要がある。少し心細い時に見る赤と緑の光が、安心させてくれる。
「初めて地下に下りた時の感動が忘れられない。今でも、本を探しに行くたびに『すごい』と思う」
法学学術院教授で、図書館長のゲイ・ローリーさん(63)の記憶は鮮明だ。2001年4月、早大に教員として着任して間もなく、見学ツアーに参加して足を踏み入れた。「何でも調べられる。無限の可能性を感じた」と振り返る。
オーストラリア出身。高校生の時、岐阜県の高校に1年留学している間に日本文学史の英語本と出会い、生涯の研究テーマとなった。豪国立大を卒業後は東京の日本女子大や英ケンブリッジ大で研究を深めた。中央図書館をはじめ、早大に五つある図書館を束ねる館長には20年9月に就任。女性としても、外国人としても、このポストに就くのは21代目にして初めてだ。
ローリーさんは、「源氏物語」を後の時代がどう受け入れてきたかを研究の中心に据えている。ある時、江戸時代の絵師が描いた作品を見る必要が生じ、所蔵するパリの美術館のカタログを探した。「きっと地下ならあるはず」と思って下りると、「やっぱりあった」。蔵書の豊かさを、赴く度に感じる。
海外の大学図書館では、「閉架式」の採用が増えてきている。蔵書は倉庫にあり、利用者は端末を使って検索し、職員を通じて受け取る仕組みだ。一方、早大の中央図書館は「開架式」にこだわる。ローリーさんは「手の届くところ、目の届くところに本があれば、意外な出会いや発見もある。検索して、特定の本だけを読むのとは違う 醍醐 味がある」と語る。
静かな地下から上がって2階の図書館エントランスに出ると、学生たちであふれていた。このフロアと3階を中心に配置されている、意見を交わしながら学ぶ場「ラーニング・コモンズ」へと向かう人、研究書庫に潜る人とが分かれて行く。
中央図書館のある一帯は、1987年まで野球場だった。43年秋、学徒出陣が迫る中で「最後の早慶戦」の舞台となり、学生がスタンドを埋め尽くした。図書館近くにある安部磯雄・初代野球部長の像が、その歴史を伝えている。
今も昔もこの場所は、早大生たちが集うキャンパスの要であることに変わりはない。
文・伊藤甲治郎
写真・佐々木紀明