No.31「木魂の伝記」1957-58年(下段(右))
No.59「人魚と嫦娥」1965-66年(下段(中))
©岡谷市/イルフ童画館
「刊本作品」とは本文、画、装丁、函(はこ)と全て武井武雄による本の総合芸術で、「本の宝石」とも呼ばれる。武井のライフワークとして1935年から亡くなるまで全139作が制作された。素材や技法がユニークで、寄せ木細工のNo.31「木魂の伝記」や、螺鈿(らでん)細工のNo.59「人魚と嫦娥(じょうが)」など、伝統工芸の職人と協働した作品もあれば、最新の印刷技術を取り入れた作品など、多種多様だ。会員制度で頒布され、一般には出回ることがなかった。
武井は童画家として画業を築いたが、絵雑誌など印刷媒体で作品を発表することが基本的には多かった。しかし、大正、昭和期の印刷技術では原画の再現が困難であり、例えば色の調子など、自身が意図しないことが多かったという。印刷技術の研究を重ねる一方、版を介した表現を追求するために、版画制作も極め、日本版画協会で毎年作品を発表し続けた。
旧制中学時代、北原白秋の「邪宗門」や竹久夢二の「画集春の巻」などに感銘を受けたという武井だが、すでにこの頃から美しい本への憧れがあったのだろう。武井の言葉を借りれば「遺憾のない本づくり」をしたいという思い、武井の挑戦がこの作品群には強く表れている。(目黒区美術館学芸員重田正惠)
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「生誕130年武井武雄展~幻想の世界へようこそ~」は8月25日まで目黒区美術館で開催中。詳細は同館ホームページにて。