<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問③性表現
コミックマーケットの会場を回ると、ほかとは少々雰囲気の異なる一帯があることに気づく。各ブースのポスターやポップの絵が妙に扇情的なのだ。見本誌を眺めると、表紙の隅に「R18」「成人向け」などの表示。そう、性的な描写を含む「エロ同人」のシマだ。
一口にエロと言っても、オリジナルから二次創作まで種類は膨大。作者の性的嗜好(しこう)が如実に表れていたり、最近の流行が敏感に反映されていたり。ページ数が少ないものが多いことから、俗に「薄い本」と呼ばれることも。人気サークルには長蛇の列ができる。記者もいくつか読ませてもらったが、なかなか刺激的な内容もある。
ここで一つ、心配事が浮かぶ。こんなに開けっ広げに頒布していていいのだろうか?
前回のコミックマーケット(C103)の様子=2023年12月、江東区で
こう思うのは、性表現には規制がつきものだからだ。刑法175条は、わいせつ図画の頒布を禁じているし、各都道府県は青少年育成条例に基づいて性的感情を刺激する図書を個別指定し、18歳未満に販売しないように義務づけている。
1988~89年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件で犯人の部屋からアニメや特撮を含む大量のビデオが見つかったことなどをきっかけに「オタクバッシング」が起こり、漫画の性表現も問題視された。自治体がコミックを「有害図書」に指定する動きが活発化し、「有害コミック」騒動と呼ばれるまでに発展。1991年2月には警視庁がわいせつ図画販売目的所持容疑で、露骨な性的描写がある同人誌の委託販売をしていたとして東京都内の書店長らを逮捕する事態となった。
同年春にはコミケでわいせつな同人誌が頒布されていたとして、千葉県警が準備会と当時会場だった幕張メッセ(千葉市)を事情聴取。これを受け、メッセ側が貸し出しを拒否するという、世に言う「幕張メッセ追放事件」にまで至った。
コミケの準備会は苦渋の選択として、性表現に関してはサークルに自主規制を求め、事前に見本誌を提出してもらう体制を敷いた。スタッフが全てをチェックし、法律に触れるような同人誌等が頒布されないように確認しているのだ。
具体的には、わいせつだとして摘発される基準と考えられている「性器の露骨な描写」を禁じ、商業誌レベルでの修正(白抜きやモザイク等)を要求。条例の対象となり得る刺激が強い作品については自主的な判断で成人向けの表示も求めている。
これまで10回ほどコミケに参加している成人向け同人作家のあのん2億年さんは、入稿する印刷所によるチェックもあるとして「印刷所から戻されたり、準備会から頒布停止処分にならないよう性器の修正には特に気をつけている」と話す。
昨年の冬コミ(C103)に参加した永山薫さん。長年、漫画の表現の自由を巡る問題に取り組んでいる
こうした「自主規制の要求」について、漫画の表現の自由に取り組むミニコミ誌『マンガ論争』編集長で、『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)などの著書がある永山薫さん(69)は、「サークルの自主的な判断に任せるのが理想だが、安全な運営を考えると一定のルールを示すのは致し方ない」と理解を示す。あのんさんも「さまざまな要望や規制との兼ね合いを熟慮の上の決定だろう」と納得している。
エロ同人を安心して頒布できるのは、「自由な表現の場」に自ら制約を課した代償と言えるだろう。
しかし、このシマは柵などで完全にゾーニングされているわけではない。未成年者が手に取ってしまう恐れはないのだろうか?
その対策として、準備会は身分証等での年齢確認も求めている。永山さんは「コミケは対面販売なので、頒布側が気をつけていれば大丈夫だろう。問題が起きたら運営ではなくサークルの責任問題となるので、気は抜けないはず」と指摘。あのんさんが「ブースに来てくれた人の顔や身なりは必ず目視で確認し、かなり注意している。必要と判断すれば身分証を提示してもらう」と話すようにサークル側の自覚も強く、実際にこれまでに事件や大きなトラブルに発展した事例はない。
成人向け同人誌であることを示すマーク。サークルが自主的な判断でつけている
準備会などによる2015年の調査では、コミケで成人向け作品を発行したサークルは全体の36.4%だった。男性向けの印象が強いが、女性向けも多い。
元準備会代表の故米沢嘉博さんは自著『戦後エロマンガ史』(青林工藝舎)の中でこうつづっている。
〈日常のノリを超えて表出する人間の「表現」は性の欲望とわかち難く結びついていたような気がする〉〈エロマンガの世界には(中略)他のジャンルにはない独自の表現、個性あふれる作家たちを探し出すことも可能なのだ〉(清水祐樹)
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<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問
さまざまな魅力にあふれたコミケの世界。ただ、初心者にはわかりづらい点、不思議に感じることがあるのも確かだろう。取材を通して、ふと感じた「素朴な疑問」を調べてみた。
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