
全国でも出土例が少ない木製仮面。農耕儀礼に用いられたと考えられている/西岩田遺跡(大阪府東大阪市)
公益財団法人大阪府文化財センター所蔵

日本のあちこちで
今も遺跡が発掘されているなんて
なんだかワクワクするわね!
日本には47万カ所以上の遺跡があり、毎年、約8000件の遺跡発掘調査が行われている。しかし、その成果に触れられる機会は極めて限られている。本展示会は、近年、発掘調査が行われた中でも特に注目された出土品を中心に展示を構成し、全国を巡回することによって、多くの人が埋蔵文化財に親しみ、その保護の重要性に関する理解を深めることを目的としている。
今回で32回目となる本展示会は、リニューアルオープンを経た東京都江戸東京博物館にて、5年ぶりの開催となった。
展示構成は「我がまちが誇る遺跡」、「新発見考古速報」に加え、「幕末日本にみる産業革命の萌芽」、「キッズ考古学新聞コンクール」の2つの特集、そして地域展「掘り出された祈りー瘡守(かさもり)稲荷信仰のかたち」からなる。旧石器時代から近代までの約440点に上る希少な出土品を間近で見られる絶好の機会となっている。

内裏塚古墳群からの出土品。後列中央は円筒埴輪。前列右に「鹿角製鳴鏑」が展示されている/内裏塚古墳群(千葉県富津市)
地域の継続的な研究に基づく成果を、その地域の特徴や魅力を踏まえて紹介する提案型の企画が「我がまちが誇る遺跡」である。今回は岐阜県飛騨市の宮川流域の遺跡、史跡内裏塚()だいりづか古墳群(千葉県富津市)、福島・山形・宮城の3県から伊達氏にまつわる出土品を展示している。
岐阜県の最北部に位置する飛騨市は、縄文時代、宮川流域で人々の生活が営まれていた。現在、飛騨市の遺跡で出土する土器は、地元で作られた土器だけでなく、近隣の長野県(信州)や富山県(北陸)で出土する土器の特徴を持っていることが判明している。今回の展示では、信州や北陸など、さまざまな地域の特徴が混じった土器を紹介している。宮川下流域の遺跡で発掘される土器は北陸の影響が強いが、上流にさかのぼるにつれ、信州の特徴が強まっていく様子が分かるだろう。
房総半島にある、関東有数の古墳群が内裏塚古墳群だ。富津市周辺は、地域の要職、国造(くにのみやっこ)の中でも有力者とされる須恵(すえ)国造が支配していたとされ、内裏塚古墳群もそれに関係すると考えられている。被葬者が武人的な性格を有することで知られる内裏塚古墳群。今回の展示では、矢を入れる「金銅製胡籙(こんどうせいころく)」、矢の先端につけて音を鳴らす「鹿角製鳴鏑(ろっかくせい なりかぶら)」などが紹介されている。
「我がまちが誇る遺跡」の3つ目が福島・山形・宮城の東北3県からの伊達氏にまつわる出土資料の展示である。伊達氏と関係する遺跡から出土した、生活や武家の権威に関わる品で伊達氏が伊達政宗に至るまでの大名権力の形成の過程を明らかにしている。

茱萸ノ木遺跡から出土した土器。実際に煮炊きや墓の棺に用いられたと考えられている/茱萸ノ木遺跡(秋田県能代市)
2つ目の展示「新発見考古速報」では、旧石器時代から近代にかけて10カ所の遺跡で発掘された、最新の成果を展示している。
まず、旧石器時代の遺跡として2025年に国史跡に指定された香坂山遺跡(長野県佐久市)である。大型石刃やそれを加工した小石刃(せきじん)、尖頭形剝片の3つが出土したことから、後期旧石器時代の最初期の遺跡であると考えられている。
縄文時代の遺跡としては、茱萸ノ木遺跡(ぐみのき いせき)(秋田県能代市)の出土品が展示されている。縄文時代の中期から後期に至る1000年の歴史を持つこの遺跡は居住と祭祀(さいし)の場とされ、土器や祭祀に関わる土偶など、当時の人々の営みがうかがえる品が紹介されている。
中原遺跡(静岡県沼津市)は、弥生時代の静岡県を代表する遺跡だ。方形周溝墓が発見され、今回は墓の周囲に掘られた溝から発掘された土器を中心に展示されている。近年の調査で、中原遺跡は海からの砂で厚く覆われていたことが判明している。津波や高潮などの災害によって、埋まった遺跡であると考えられている。
古墳時代は、西岩田遺跡(大阪府東大阪市)、小樋尻遺跡(京都府城陽市)、天王森古墳(山口県下松市)の3つの遺跡からの出土品が展示されている。
西岩田遺跡は、近年のモノレール延伸事業の調査で、弥生時代終末から古墳時代初頭に洪水に見舞われた痕跡が見つかっている。そして、厚さ2メートルの洪水堆積層からは、特殊な木製品が出土した。特に木製仮面は全国的にも貴重で、本例で全国3例目の出土となった。この木製仮面は、農耕儀礼の際に使用されたと考えられている。
一方、小樋尻遺跡からは古墳時代前期の流路と、その真上に古墳時代中期から奈良時代の溝が見つかっている。古墳時代前期の流路は、幅約25メートル、深さ約2.7メートルの規模。周囲では土器のほか、漆塗りの木製盾、魔除けや祭祀に用いられていた桃種などが出土している。

焼成に失敗した平瓦。興福寺の復興の際、建物の屋根に用いるために焼かれた/登大路瓦窯跡(奈良県奈良市)
天王森古墳は、古墳時代後期前半に築かれた墳長約50メートルの前方後円墳である。場所は末武平野と笠戸湾が一望できる丘陵にある。2020年度に団地造成に伴った調査が実施され、周濠から極めて良好な状態の形象埴輪が出土している。家、大刀、盾、靫(ゆぎ)、人物、イノシシなどさまざまな形状の埴輪である。
天竜遺跡(群馬県東吾妻町)からは、8世紀前半の竪穴建物から完形の銅鋺や暗文土師器(あんもんはじき)を模した土器が出土し、堅穴建物の居住者が一般農民層と異なる階層であったことを表している。同じく群馬県北西部の小田沢遺跡では、9世紀後半の竪穴建物から、灰釉陶器の浄瓶(じょうへい)がほぼ完形で出土した。
登大路瓦窯跡(奈良市)は、1969年の発掘調査で複数の瓦窯の存在が確認されていたが、2017年に本格的な調査を行った結果、奈良時代後半から平安時代にかけて、12基の瓦窯が築かれていたことが判明している。今回は軒平瓦、軒丸瓦、焼成に失敗した平瓦などを展示。
「新発見考古速報」では、旧石器時代から近代までの出土品の変遷が確認できる展示となっている。展示品を通じて、当時の人々の暮らしに思いをはせたい。

キッズ考古学新聞コンクールの入選作品。内容やレイアウトなど、子どもたちが工夫を凝らしている
本展覧会では、「幕末日本にみる産業革命の萌芽」、「キッズ考古学新聞コンクール」と題した2つの特集のパネル展示も行っている。
「幕末日本にみる産業革命の萌芽」では、欧米列強に対抗するために取り組まれた幕末の鉄製大砲や大型艦船の建造に関わる遺跡をパネルで紹介している。一方、「キッズ考古学新聞コンクール」は、鳥取県のNPOが実施している取り組みとのコラボレーションで、考古学に興味を持つ子どもたちが独自に作成した考古学新聞の中から、入選作品を展示している。子どもたちの渾身の作品を堪能したい。

瘡守稲荷に奉納された白団子のレプリカ(左)と土玉とかわらけ(右)/原町西遺跡(東京都文京区)東京都教育委員会所蔵
同時開催されているのが地域展「掘り出された祈りー瘡守稲荷信仰のかたち」である。2023年度に東京都埋蔵文化センターによって発掘調査された原町西遺跡(東京都文京区)では、大量の土玉(土団子)とかわらけ(土器皿)が出土した。本展では、土玉や土層断面の剥ぎ取り資料を中心に、当時の瘡守稲荷に関する文献や錦絵、版本挿絵などの図像資料を展示している。
瘡守稲荷は病気平癒や皮膚病にご利益があったとされ、江戸時代に広く信仰されていた。当時、皮膚病に苦しんでいた人々は皿に乗せた土玉を奉納することで、回復を祈願していたという。そして快癒した際には、皿に白団子を乗せて奉納し、お礼参りとした。この奉納された皿がどんどん捨てられて、積み重なった土層が展示されている。無数の皿が捨てられていることから、多くの人が祈願に訪れていたことがうかがえる。

昔の人たちの暮らしの跡が
土の中から見つかるなんて
発掘ってロマンがあるわね!
発掘された日本列島2026
会期:6月13日(土)~7月26日(日)
会場:東京都江戸東京博物館 常設展示室内 5階企画展示室
〒130-0015 東京都墨田区横網1-4-1
開館時間:9:30~17:30
※土曜は19:30まで※入場は閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日、7月21日(火)(ただし、7月20日(月・祝)は開館)
観覧料(税込):一般800円、65歳以上400円、大学・専門学校生480円、高校生300円
※中学生以下は入場無料 ※障害者手帳をご持参の方(付添の方2名を含む)は入場無料
問い合わせ:03-3626-9974(代表)
https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/retto2026/
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