
安西啓明《雨の子》1950年大田区蔵(筆者撮影)
昨今、美術展を観(み)回っていて感じるのは、所謂(いわゆる)“風俗画”というものを見かけなくなったこと。勿論(もちろん)、賑(にぎ)やかな都市風景やファッショナブルな人物像などはよく見かける。しかし、そこに人間と風景との関係性が希薄というか、個々の生活の営みが浮かんでこないというか…。兎(と)に角(かく)、私たちが“いま”“ここ”で生きているという、日常生活への共感が乏しいのだ。
そんな思いを抱きつつ日本画家、安西啓明(1905~99年)の戦前、戦中、戦後間もなくの家族や身近な人々を描いた作品を観ると、そこにはしっかりとした日々の人々の生活が息づき、時を超えて観る者の共感を呼ぶ。
安西は16歳で当時院展同人だった川端龍子に入門。龍子が青龍社を立ち上げて以降、同社を拠点に活動し、師の画塾・御形塾の塾頭を務めるなど、同門の主要画家となる。そうして1960年代以降、急激に変貌を遂げていく東京の連作が注目され、青龍社解散後もライフワークとして描き続けた。
そんな画家が戦前、戦中、戦後にかけて描いたのが、家族をはじめとする身近な人々の日常の姿。描かれたのは、戦前の不況、戦時の不安と恐怖、そして敗戦による混乱と荒廃と、苦難の時代。しかし各々(おのおの)の作品には、毎日を自分なりに明るく、楽しく生きようとする健気(けなげ)さが表情に浮かぶ。真相は分からない。が、画家は目の前の人々をそう捉えたかった。絵を描くということは、いかなる現実にも納得のいく可能性、ささ...
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