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馬喰横山の問屋街から裏浅草橋へ『純喫茶 有楽』(台東区・浅草橋)

Jul 19, 2024 IDOPRESS

フレンチトーストはあのファミリーレストランの味をイメージ

「エトワール海渡」の看板がずらり。

前回、船堀の店からの帰路は新川べりをもう少し歩いて、三角(さんかく)という珍名バス停から都バスで船堀駅へ出て、都営新宿線を馬喰横山で降りた。今回紹介の店はJR総武線の浅草橋が最寄り駅なのだが、バクロヨコヤマというインパクト満点の駅で降りて、東京屈指の問屋街を散歩していこうと思った。

馬喰横山の名は馬喰町と横山町を合わせたもので、後者は昔の有力者の名前らしいけれど、馬喰は牛馬の斡旋業者に由来するもので、つまり古くからの交通要所に近い町の証しともいえる。

馬喰横山、東日本橋、馬喰町の3駅に囲まれた三角地帯が問屋街の中心地といっていいだろうが、〈バラ売りしません〉とか〈シロートさんお断り〉とかの注意書きの出たこの辺の横道に入りこむと、事情通のバイヤーさんになったような心地になるものだ。周辺の雑居ビルにも、そういう業者さんが商談や休憩で使うような、渋い町喫茶がぽつぽつと見受けられる。

左衛門橋からの風景。隅田川に向かう屋形船が停泊している。

馬喰町横山町仲通りを馬喰町一丁目の交差点までやってくると、奥の方へ向かって何軒も集まっているのが「エトワール海渡」のビル。海渡さん(初代・海渡由楠)が明治35年(1902年)に貴金属、小間物の製造卸として開業(当初は柳橋付近)したもので、戦後の1960年代以降は、ファッションやインテリア系を中心に様々な店舗ビルが林立するようになった。このエトワール地帯的な筋を進んで、その先の靖国通りを横断、左衛門橋通りに入った。神田川に架かる左衛門橋に由来する道で、徳川家の家老として時代劇でもよく見る酒井左衛門こと忠次のお屋敷が源らしい。ちなみに、昭和30年代までの地図を見ると、この川べりには「元久右衛門町」「上平右衛門町」などと、マゲモノ気分の町名が並んでいる。

そんな旧町名では上平右衛門町の領域に入る、古いビルの1階に「有楽」という喫茶店がある。ビル脇の突きあたりに垣間見える、神田川岸の船宿「野田屋」(屋形船や釣り船)の看板が妙な趣を添えているが、この「有楽」って屋号は“もとは有楽町にあった”ということだろうか…。

ステンドグラスのように見えるシールが窓に貼られている。

勝手な推理をふくらませて店内に入る。なかは程よく薄暗く、マス目状に配置されたボックス席の間に観葉植物の鉢植えが置かれたオーソドックスな昭和喫茶のムード。一瞬、奥の方にテレビゲーム卓があるような気もしたが、ゲーム卓はなかった。裏窓に貼られた、ステンドグラス模様の補強シールが目につく。

店を仕切っているのは2代目にあたる宮城恒宏さんと先代の夫人。先代(恒宏さんの父親)が喫茶店を始めたのはこのビルができあがった昭和49年(1974年)というから、今年でちょうど50年。「有楽」というのは当初、有楽町に存在したわけではなく、先々代がそれまで営んでいた旅館の名を受け継いだらしい。

「商人旅館、でしたけどね」

と、先代夫人がおっしゃっていたが、歩いてきた問屋街に出入りする地方の業者がよく利用していた旅館で、浅草橋の南口界隈にはそういったビジネス旅館が柳橋の料亭街と隣接するように何軒も存在していたという。ちなみに、近頃はまた外国人観光客をターゲットにした新しいタイプのビジネスホテルが増えている。

昔懐かしい味わいが病みつきになるフレンチトースト単品(500円)。バニラアイスのせ(600円)。ドリンクセット(700円)。ドリンクセットのバニラアイスのせ(800円)。

ここの人気メニューは「スパゲティー ナポリタン」と「オムライス」で、ランチ時は付近の会社員で60席があっという間に埋まるというが、取材目的できたこの時間は昼の客潮が退けた後で空いている。僕はメニュー写真を見て、シンプルな佇まいが気に入った「フレンチトースト」をコーヒーとともに注文した。

薄目の食パンを三角切りにして、仕上げにシュガーパウダーをまぶしたフレンチトースト──なんとなくなつかしいな…と思っていたら、

「デニーズのフレンチトーストをイメージしたんですよ」

と、宮城マスター。彼は若き18歳から25歳の頃までデニーズの厨房に勤務していたらしい。

「客層が派手な南青山店にもいました。深夜はパラダイスでしたよ」

回想するマスターの目がキラッと輝いた。「夜デニ」なんて言葉もハヤッた青山霊園の門前の店だが、年恰好からして、まさにバブルの頃かもしれない。


◆◆◆

今回訪れた喫茶店

純喫茶 有楽

住所東京都台東区浅草橋1-2-10


電話03-3861-9570


営業時間平日7:00~18:00、土曜11:00~16:00


定休日第2・第3土曜・日曜・祝日

※新型コロナウィルスの影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。


※2024年7月19日時点での情報です。


※料金は原則的に税込み金額表示です。

PROFILE

泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。


なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。


https://www.tsumamu.net/


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