<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問④お金の話
同人誌が売れまくってマンションを買った作家がいる-。かつて、同人業界でまことしやかに流れた噂(うわさ)だ。大手サークルでは、即売会での売り上げのお札をビニール袋に詰め込んでいたため、ゴミと間違えて捨てそうになった、なんて逸話もあるとか。
同人誌ってそんなに儲(もう)かるの?それに税金など会計処理はどうしているのだろう…。
1997年の国税庁のまとめで、個人事業者の事業所得の申告漏れが多い業種の第7位に漫画家が入って話題になったことがある。同人誌のイベント販売や通信販売などで得た収入を除外していた事例が悪質な所得隠しとして挙げられた。
前回のコミックマーケット(C103)の様子=2023年12月、江東区で
1996年にコミックマーケットの会場が現在の東京ビッグサイトに移り、夏冬の一大イベントとして世間の注目も集まってきた時期。同人誌の販売規模も拡大し、書店委託サークルを中心に税務調査が入ったこともあり、コミケの準備会が一定規模のサークルを対象に税金に関する勉強会を開くなど注意を促した。
それでも、2007年には同人誌の売り上げを過少申告して脱税した所得税法違反罪で、長野県の漫画家が懲役1年、罰金1500万円、執行猶予3年の判決を受ける。判決によると、2003~05年の間に約6570万円を脱税していた。
同人サークルのお金、大丈夫か?!不安に思っていたところ、昨年の冬コミ(C103)で見つけたのが『同人の家計簿。』という同人誌。〈同人って儲かるは噓(うそ)。赤字が当たり前も噓。〉とのキャッチコピーの通り、サークルの収支の実態をまとめた貴重な内容だ。
サークルの台所事情を同人誌にまとめた布団巻きさん
発行したサークル「布団王国内務省」代表の布団巻きさん(27)は「お金の話はデリケートなので、触れたがらない人が多い。変な噂が出ることもあるので正直に書いた」と明かす。
具体例として掲載されているのが、2017年の夏コミ(C92)に参加した際の収支。収入が新刊・既刊合わせた同人誌と独自の音楽CDの売り上げで計1万8900円。対して支出はコミケのサークル参加費や新刊の印刷代、会場までの交通費などで計2万442円。収支は1542円のマイナスだ。
この時は赤字だったが、直近のC103では新刊が好評で8000円ほどのプラスになったといい、「打ち上げ代くらいにはなった」。売れ行きとしては「これで全体でも中の上くらいではないか」と話すように、基本は赤字かトントン、新刊が当たれば若干黒字といった世界のようだ。
実際、準備会などによる2015年の調査で、サークルの年間収支は赤字が6割程度を占めており、5万円以上の黒字は2割ほどというデータがある。
布団巻きさんは「あくまで趣味として、儲けより読んでもらえることを喜ぶ人が多いのでは」と推し量る。値付けは自由なので作品に自信があるなら高めに設定してもいいし、無料で配ることも可能。「ある程度お金をもらう形にした方が、本当に読みたい人に読んでもらえる」との思いと、「印刷代など費用はかかるので多少はリターンがあるとうれしい」こととのバランスだ。「支出だけでなく、収入もあるのが他の趣味にはあまりない面白さでもある」
ただ、一般的な会社員のように年末調整を受けている給与所得者でも、同人誌の利益が20万円を超えると確定申告が必要となる。適切に対応しないと金額にもよるが最悪、刑事罰まで受ける事態に陥るのは前出の通り。
注意すべきは、そこまでの規模ではなくても、帳簿管理を怠らないことだ。
同人誌に造詣の深い税理士の野口薫さん(58)は「実際は赤字でも、税務署から問い合わせがくる場合もある。その時に本当に赤字なんだと証明できないといけない」と指摘する。
問題となりやすいのが、資料代や取材代などの「必要経費」。「元々好きなのだから、同人誌を作らなかったとしても資料を集めたり、現場に行ったりすることが多いはず。全て認められるのは難しいのでは」
いずれにしても、「どんな形でも、お金が入ってきたら納税のことは考えた方が良い。収支を記録しておいて無駄なことはない」と強調する。
C97で、購入したリストバンドを掲げて入場する一般参加者(コミックマーケット準備会提供)
ちなみに、経費となるコミケのサークル参加費はC103で値下げされた。背景には、以前は無料で入場できた一般参加者が19年夏コミ(C96)から、リストバンドを購入する有料方式となったことがある。当初は東京五輪の影響による利用制約で会場を分散して4日間開催としたことで警備費などが増大したための措置だったが、その後もコロナ禍による感染症対策などもあって継続している。有料化は安全面が懸念されるような極端な混雑の緩和につながった側面もあり、賛否が分かれるところ。お金に関しては準備会も難しいやりくりを迫られているのだ。(清水祐樹)=第5部おわり
◇
<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問
さまざまな魅力にあふれたコミケの世界。ただ、初心者にはわかりづらい点、不思議に感じることがあるのも確かだろう。取材を通して、ふと感じた「素朴な疑問」を調べてみた。
連載リストを見る
コミケはなぜ始まった?運営の秘密は?世界最大級のサブカルの祭典、その魅力に迫る