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東京大空襲の犠牲者名簿、東京都はなぜ「非公開」にする?…遺族の願いは 墨田区で新たに1冊発見

Aug 17, 2026 旅行 IDOPRESS

東京大空襲などの犠牲者7756人の名前が書かれた「戦災者個別遺骨霊名簿」が、墨田区役所で発見された。東京都慰霊堂(同区)に納められ、名前が分かるが引き取られていない遺骨を遺族に返すため、都が1951年ごろ作った。100冊印刷して各区に配ったとの証言が知られていたが、実際に区側で見つかったのは初めて。(橋本誠)

◆慰霊堂になお3700体の遺骨が残る

戦後81年を経ても慰霊堂には約3700体の遺骨が残っており、名簿がどのように活用されたかは不明。都と指定管理者の都慰霊協会に同じ名簿がさらに2冊存在することも分かったが、公開されていない。

墨田区役所で見つかった「戦災者個別遺骨霊名簿」=墨田区で

約10万人が亡くなった1945年3月10日の東京大空襲などでは火葬が追いつかず、大半が公園などに仮埋葬された。1948~1950年度に掘り起こして焼骨にする改葬事業が行われ、慰霊堂に納められた。

名簿は今年4月、墨田区役所のレイアウト変更中、戸籍などを扱う窓口課のキャビネットから見つかった。ガリ版刷りで表紙に「建設局公園観光課」とあり、「永久保存」と書かれた封筒に入っていた。

手書き文字でいろは順に氏名が書かれ、推定年齢や遭難場所、仮埋葬地、改葬年月日などの欄がある。すみだ郷土文化資料館(同区)の石橋星志学芸員は「仮埋葬時の資料を基に作られたのでは」と推測する。

◆広島市は名簿を公開・広報、東京都は…

名簿については2001年、元都職員(故人)が研究者らに「100冊作り、各区役所や都内の関係者に渡した」と証言。手元に残していた1冊を、民間の東京大空襲・戦災資料センター(江東区)に寄贈した。石橋さんは「他にも残っている可能性はある。家族を捜している遺族はまだいる」と共同研究を続けている。見つかった名簿は来春の同資料館企画展で展示される。

東京都墨田区の東京都慰霊堂(資料写真)

戦争被害者の遺骨を巡っては、広島市が原爆犠牲者の名簿を1968年から公開。現在はポスターにして毎年、全国の都道府県と市町村に送り、市ホームページ(HP)にも載せている。これに対し都は、1972年に作った新たな名簿を遺骨返還に用いているが、公開していない。広報はHPなどでの申請呼びかけにとどまる。

都東部公園緑地事務所は「遺族の問い合わせに個別に対応している。名簿の閲覧は原則として遺族が対象で、公開していない」としている。

◇◇

◆空襲遺族「残された者は一日も早く知りたい」

配布から70年以上を経て、東京都墨田区役所で見つかった東京空襲の遺骨名簿。色あせた冊子からは、終戦直後に広く返還を促したものの、その後は消極的になった都の姿勢が浮かぶ。広島市は原爆犠牲者の名簿を全国に送って遺族を捜している一方、都は公開していない。長く家族を捜した遺族からは「もっと早く知ることができていたら」「都も公開すべきだ」との声が上がる。...

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