
緑に囲まれた国立ハンセン病療養所多磨全生園。周りには市街地が広がる=東村山市で、本社ヘリ「あさづる」から(朝倉豊撮影)
住宅、畑、豚舎、病院、教会や寺社、学校、劇場、火葬場。緑に囲まれた国立ハンセン病療養所多磨全生(ぜんしょう)園(東村山市)には、全てそろっていた。ハンセン病患者を終生隔離する施設だったからだ。納骨堂もある。入所すると「骨になっても出られない」とされた。
ハンセン病対策を定める法律が成立した2年後の1909(明治42)年に開院した全生(ぜんせい)病院が始まり。隔離政策の強化により入所者が増え、敷地は拡大。重症患者の世話や農作業、土木作業は患者たちが担った。多いときは1500人を...
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