〈庭園緑譜〉八王子城跡庭園遺構(東京都八王子市)
土地の地形や歴史を映し、自然の要素で構成される日本の庭園が、国内外で注目されている。首都圏の庭園を訪ねて、その響きに耳を傾け書き留めてみる。
中日新聞社は各地の日本庭園を紹介する特集「庭~THE GARDEN」を連載しています。

御主殿の庭園遺構。埋め戻されている池の際に大石(左)はあった=八王子市で
雨降りが続いた後は沢が水かさを増し、1級河川城山(しろやま)川の流れも威勢がいい。本丸へ上る急な土道も幾分ぬかるんでいよう。ここは山城、八王子城の遺構。私は、そこにあった庭園の池の際に立つ「石」である。

東京農業大の粟野隆教授(庭園史)によれば、東京で最も古い庭園という。築城開始は1582年ころ。戦国大名、北条早雲を初代とし3代、氏康の三男、氏照が城主。北条氏は早雲が伊豆から興し、代々関東へと勢力を広げてきた。
戦国に庭園とは不似合いにも映る。けれど、北条氏本城の小田原城(神奈川県)や、周防(山口県)の大内氏、越前(福井県)の朝倉氏ら大名も城館に庭を設けた。
乱世だった。八王子城が造られたのは標高約460メートルの深沢山。蹴上げの高い階段や石垣を配した広大な城で、庭は、山頂の本丸から約200メートル下り、政務を執り行う「主殿」と、外交使節のもてなしや家臣との宴会など親睦に使用した「会所」という二つの建物から見渡せるようにあった。

蹴上げの高い階段で防御された御主殿入り口=八王子市で
護岸を石で組んだ池が広がり、眺める来客をうならせたものだ。私は高さ約180センチの大石で、主殿からも会所からもほぼ中央に見える、庭の焦点。この山に特徴的な硬い砂岩だ。
池の西側には石敷きの通路があり、池に近づくこともできた。池の向こうは、今はスギなどが育ちこんもりした林だが、昔は見通しも良く、本丸のあ...
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