<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問①著作権~前編~
漫画やアニメ、ゲームでおなじみの人気キャラクターたちが、普段の舞台とは異なる日常生活を見せたり、コミカルになったり、時には性的な営みも…。
コミックマーケットで7割以上を占めるのが、既存作品をモチーフにした二次創作だ。同人作家がそれぞれの感性や表現方法で翻案したもので、内容は実に多彩。面白い作品もたくさんあるが、正直言ってこんな心配もしてしまう。
「著作権は大丈夫なの?」
昨冬のC103でもにぎわった二次創作のブース(撮影:コミックマーケット準備会)
小説や音楽、美術、映画といった著作物は、著作権法で著作者の翻案権や同一性保持権(無断改変を受けない権利)などが保護されている。漫画やアニメ、ゲームも著作物に含まれており、二次創作はこれらを侵害しているのではないだろうか…。
「二次創作は正面から訴えられると、法的にはかなりの確率で危ない。ただ、権利者側は『見て見ぬふり』をしていることが多い」
この問題に精通する福井健策弁護士(58)に話を聞くと、何とも不思議な答えが返ってきた。同人側にはありがたい話だが、なぜ見ないふりをしてくれるのだろう。
主な理由は二つあるという。
「一つは、ファン活動の延長として盛り上がった結果、二次創作が作られているということ。盛り上がってくれることはオリジナル作品の側からしても、うれしい場合が多い。やりすぎでなければ大目に見ようという力が働いている」。なるほど、二次創作を描くほどのファンなら、原作を熱心に支えてくれる強力な味方である可能性は高い。
「もう一つは、二次創作から新たなクリエーターが生まれていること」。確かに、よしながふみさんやCLAMPさんら二次創作の同人誌で育ち、商業誌で活躍する人気漫画家も少なくない。
「二次創作が盛んなコミケはファン活動の最大の場であると同時に、クリエーターの故郷でもある。作家とファンによるコミュニティーモデルが成立している、一大成功例と言える」
ふむふむ、これまでの取材での実感から、大いに納得できる説明だ。
そもそも、著作権侵害は親告罪である。作家などが被害を受けたとして告訴しなければ、司法当局が独断で立件することはできない。環太平洋連携協定(TPP)の交渉で一時、非親告罪化が検討された際は、表現の自由への抑圧などが懸念され、同人業界はもちろん、政治家や創作に関わる多くの団体から反対の声が上がった。結局、著作権法の改正で非親告罪の対象となったのは海賊版などだけで、二次創作は免れた。
違法か違法でないかで白黒はっきりさせる欧米と異なり、曖昧さを許容するのはいかにも日本的な気がして面白い。
「粛々とグレー、という感じ。西洋でできた著作権モデルに対する、巨大なオルタナティブとも言える」と福井弁護士。まさに日本の文化を支える土台となる考え方なのかもしれない。
著作権に詳しい弁護士の福井健策さん
ただ、全ての二次創作が見て見ぬふりで済まされているわけではない。
同人業界に衝撃が走ったのは1999年1月のこと。任天堂の人気ゲーム「ポケットモンスター」の二次創作同人誌を制作、販売したとして、福岡市の女性が著作権法違反容疑で京都府警に逮捕された。性的描写が含まれ、通信販売もされていたことから、「イメージを壊すもの」だとして、同社が告訴していたのだ。
逮捕にまで至った背景には、暴力団の資金源となっているのではないかとの見立てもあったとされるが、真相は不明。事件では、直近のイベントだったとして新潟市の同人誌即売会「ガタケット」の事務局代表を当時務めていた坂田文彦さん(60)も府警の取り調べを受けた。
こうした事態に、コミックマーケット準備会も2000年、「マンガと著作権に関するシンポジウム」を開催。この中で、当時の米沢嘉博代表は「基本的には、コミケは場所は提供するが、著作権に関しては自己責任」「実際に自分たちが何をやっているのか知らない方たちが多すぎる」などと述べ、同人作家に理解を深めるよう促している。
また、業界団体が情報交換する場が必要だとして、2001年には坂田さんが発起人となって全国同人誌即売会連絡会が発足した。
同会の現在の世話人でコミティア実行委員会代表でもある吉田雄平さん(43)は、かつてはアニメのパロディーを中心とした商業誌もあったことなどを例に「同人側のスタンスはあまり変わってないと思う。変わってきたのは権利者側」と指摘。海賊版の被害が深刻になってきたことやインターネットの普及で著作権者と同人側の距離が縮まったこと、同人誌の規模拡大、露出増などから、見て見ぬふりが難しくなってきている場合もあるというのだ。
「グレーにも黒に近いものもあれば薄いものもある。グラデーションなので」
2007年には漫画『ドラえもん』の「最終話」と称した同人誌を2005年から販売していた男性が発行元の小学館と藤子プロから警告を受け、謝罪して売上金の一部を同プロに支払った事例が話題となった。
『ドラえもん』の偽最終話問題を伝える東京新聞の紙面=2007年5月30日付朝刊
表紙が正規の単行本そっくりだった上、書店でも流通していたことから、権利者側に「重大な著作権侵害」と判断された。
「即売会の中でだけなら、『遊び』で通っても、書店委託やネット販売、正規品そっくりの同人グッズなどは無視できないのではないか」との吉田さんの言葉には説得力がある。
とは言え、過度な萎縮は表現の可能性を狭めてしまう。「何をやったら怒られるのか、嫌がられるのかを想像していくのがいいのだろう」
二次創作文化を「面白い。どこまでが良いか悪いかあえて線引きしないところが生命線」と捉える福井弁護士もこうくぎを刺す。
「本当にダメなケースは、やめさせる権利が著作者にはある。そのことは忘れないで楽しんでほしい」(清水祐樹)
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<101回目からのコミックマーケット>第5部素朴な疑問
さまざまな魅力にあふれたコミケの世界。ただ、初心者にはわかりづらい点、不思議に感じることがあるのも確かだろう。取材を通して、ふと感じた「素朴な疑問」を調べてみた。
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