東京大空襲の被害、水俣病、自分の家族のことなどをテーマに言葉を紡いできた。脈絡がないようにみえるが、貫いているのは、つらい思いをした子どもたちへの視点だ。
12歳の長女と10歳の長兄
知恵子が生き残った
翌日3人は
別々の親戚に引き取られた
その日から
知恵子の孤独との
戦いが始まった
東京大空襲で親を失った女性の苦悩の始まりを詠んだ。
子どもに思いをはせるのは、自身の原体験がある。小学生の時、がんを患った父親の看病に当たった。今で言うヤングケアラーだった。年の離れた兄はアルコール依存症で、たびたび家の中で暴れた。
「兄が何でこうなったのだろうと後になって考えると、戦争によるトラウマ(心的外傷)だったんだと理解した」。兄は空襲の中を家族を連れて逃げ惑ったという体験に心をむしばまれ続けた。
酒代を作るために兄さんは
焼け残った母の着物を
背広を姉のコートを
こうもり傘を質に入れた
手当たりしだい質に入れ
酒を吞(の)んだ

自身の経験から、「平凡でいい。安心して子ども時代を過ごせなければ、心が育たない」という思いにつながっていった。ヤングケアラーが...
残り
490/980 文字
この記事は会員限定です。エントリー会員(無料)に登録すると、続きを読めます。
無料会員に登録して読む
ログインする
無料会員(エントリー)に登録すると
会員限定記事を読める
有料会員限定記事も月3本まで読める
有料会員などの会員種別、登録手続きについて詳しく知る
よくある質問はこちら