プロレス、野宿、焼き肉。一見何の脈絡もないこれらはみな、新宿区の小さな本屋で行われたイベントだ。店の名は伊野尾書店。「面白そうならやってみる」という考えのもと、独自路線で道を切り開いてきた。だが読書離れやデジタル化といった時代の流れにあらがえず、3月末で68年の歴史に幕を閉じる。(佐藤航)

型破りなイベントを店で開いてきた伊野尾宏之さん。本屋人生を振り返った本も出版した=東京都新宿区で(佐藤航撮影)
本屋の中で組み合う屈強な男たち。限られたスペースで、打撃や投げ技の応酬を繰り広げる。ロープ際ならぬ書棚際に追い詰められると、本を傷めないよう慎重に動くのがシュールだ。
これはプロレス団体「DDTプロレスリング」が開いた「本屋プロレス」の様子。伊野尾書店で2008年から3度開かれた。初回は200人が駆けつける大盛況だったらしい。

2019年の「本屋プロレス」の様子。書店員をイメージしてエプロンを身に着けた男たちが熱い戦いを繰り広げた=東京都新宿区で、DDTプロレスリング提供
こんなイベントを開くくらいだから、さぞ変わった店に違いない。そう思って訪ねてみると、思いのほか普通の本屋だった。
都営大江戸線中井駅の出口のすぐ隣。店はそれほど広くないが、本当にここでプロレスをやったのか。「何とか店内に場所を確保するんだけど、試合が盛り上がると外に出ちゃうんですよ」。大のプロレス好きだという店主の伊野尾宏之さん(51)は苦笑する。
最初はDDT創設者の高木三四郎さん(56)が自著の出版イベントとして発案し、伊野尾さんのプロレス愛を知る編集者が打診してきた。驚いたが、「お客さんが喜ぶかな」と考えて引き受けたという。

伊野尾書店の閉店を聞き、店でサイン会を開いたDDTプロレスリングの高木三四郎さん。DDTが売りにする「路上プロレス」は「本屋プロレスが原点になった」という=東京都新宿区で(佐藤航撮影)
伊野尾書店は1957年12月25日、伊野尾さんの父の信夫さんが開いた。偏りなくひと通り本を取りそろえた町の本屋。伊野尾さんはプロレス好きの父の影響で、中学時代から店のプロレス雑誌を読みふけった。
プロレス誌の記者になるという学生時代の夢はかなわず、家業に入ったのが1999年。大型書店が駅前などに店舗を増やし始めた時代で、すでに個人経営の書店には厳しい風が吹いていた。

「本屋プロレス」などを開いてきた伊野尾書店。たたずまいはごく普通の本屋だ=東京都新宿区で(佐藤航撮影)
始めてみて痛感したのが仕入れの難しさ。出版社は大手優先で本を卸し、個人店が人気作品を確保するのは容易ではなかった。そこで、個...
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