運河や水路が張り巡らされた江戸・東京。今は蓋(ふた)をされ、地中に埋められた水路が少なくない。そうした「暗渠(あんきょ)」に魅力を見いだし、探求する人々がいる。見えないものを見ようとした先にどんな世界が広がるのか。(押川恵理子)

桃園川の暗渠を案内してくれた髙山英男さん(右)と、奥にたたずむ吉村生さん=東京都杉並区で
雨のちらつく今月中旬、杉並区のJR高円寺駅北口で、暗渠を愛する男女「暗渠マニアックス」の髙山英男さん(62)、吉村生(なま)さん(49)と落ち合った。
目指すは、杉並区と中野区を流れていた桃園川の支流。飲食店や美容室が並ぶ北中通りに入り、数分歩いた先で2人が立ち止まった。「ここです」。通りと交差する狭い路地を指さした。左側の小道を進むと、かつての川に背を向けるように住宅が並ぶ。「背中を向けられた寂寥感(せきりょうかん)がいい」と髙山さん。

JR高架下の駐輪場。赤い車止めに挟まれた部分に暗渠がある=東京都杉並区で
道にはコンクリートの蓋がかかっていたり、車止めが置かれていたり。いずれも暗渠の存在を示す「サイン」という。JR高架下の駐輪場を横切り、暗渠の上に整備された「桃園川緑道」へ。魚を抱えたカワウソの像を発見。江戸時代に善福寺川からの引水工事をカワウソが妨げたと伝えられている。緑道沿いにはカッパの像やイルカの壁画もあり、歩いていて楽しい。
田んぼに水を供給してきた桃園川は、周辺の宅地化に伴い生活用水が流されるように。台風や大雨で繰り返し氾濫。昭和30年代半ばに改修が始まり、地中に埋められた。暗渠を通じて水害対策の歴史も知れる。吉村さんは「当時の様子と重ね合わせて歩くと、また味わい深い」と話す。

髙山さんは暗渠の楽しみ方を「E&I」と説く。Evidence(証拠)とImagin...
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