
イラスト:なかむらるみ

2026年3月にオープンした、JR大井町駅直結「OIMACHI TRACKS」。
大井町の店に行くことになった。最近の大井町の話題というと、なんといっても西口にできた「大井町トラックス」だろう。JRの改札を出ると、東急大井町線の駅を傍らに見せて、広場を設けた玄関口がある。
この場所には以前、JR東日本の宿舎アパートが建ち並んでいたが、いまも大崎の方に向かって広大な電車区が存在している。広場のフェンス越しに望む、何両もの山手線が停泊する景観は鉄道マニアでなくてもふとスマホ(カメラ)を向けたくなる。

「金井寿司」は、JR大井町駅東口からすぐのノスタルジックな下町横丁「東小路飲食店街」内にある。
トラックスは、オフィスや住居を融合したショッピングモールで、地主であるJR東日本のプロデュースだというが、建物やプロムナードのセンスは東急っぽい。大井町線の終点近くにある二子玉川のライズあたりをかなり参考にしたのではないだろうか。テナントで圧倒的に多いのは、やはり“食”の店なのだが、オムライスとかピザとか肉マンとか……気さくなB級グルメを看板にした人気店が目につく。近年はオシャレ雑貨でブレイクしている奈良の老舗・中川政七商店やペットショップ、JR系の高級ホテル・メトロポリタンや東宝のシネコンもあるが、大井町の映画館というのは懐かしい。
70年代頃までは大井町ミリオン座とか何軒かあったけれど、80年代から90年代にかけて大井武蔵野館という名画座があって、坂本九の古い邦画を観にきた記憶がある。立会道路の脇の昔の武蔵野館のあたりを歩いて、理髪一番という安い床屋がいまも健在な線路際からJRの陸橋を渡って、駅東口の前に残る飲食横丁の界隈にやってきた。東(あずま)小路、平和小路などと名づけられた狭い路地が2筋、途中からは1筋になってゼームス坂の通りの先まで続いている。いわゆる戦後ヤミ市から始まった、バラック、木造モルタル建ての飲食店街だ。
駅に近い東小路の一角の「金井寿司」って店に“焼き寿司”というおもしろいメニューがある。僕がこれを初めて味わったのは20年ちょっと前。“西郷丼”と同じく当時の食エッセー(『なぞ食探偵』)にこう記述している。

熟練の手さばきで仕上げられる「焼き寿司」。香ばしいニンニク醤油の香りが食欲をそそる。
「いわゆる鉄火巻を網焼きしたものである。表面には焼きおにぎり風の焦げ目が付いて、なかのマグロ(赤身とトロ)にも火が通っている。店に入ったときから、ぷーんとニンニクの香りが鼻についたが、この焼き寿司はマグロを特製のニンニク醤油にからめて味つけしているのだ」
赤身とトロ、と書いているが、いまはすべてトロが使われていて、相変わらず焼けたニンニク醤油の匂いが食欲をそそる。20余年前は大旦那と若旦那とが並んでカウンターに入っていたようだが、現在は若旦那(平方啓友さん)も70歳になって夜の営業時間には御夫人がサポートで入る。ちなみに、店の創業は戦後5年目の昭和25年(1950年)。まだ占領下の時代ではあったが、東小路が飲食横丁として格好が付き始めた頃である。

名物の「焼き寿司」(1人前2本2600円)。1本(1300円)から注文できる。
焼き寿司というのは、なんとなくそういう時代の雰囲気を感じさせるけれど、これは2代目の啓友さんが考案、メニューに加えたものなのだ。
「もう40年前くらいになるんだけれど、もともとガキの頃から残った太巻なんかをあぶってね、ニンニク醤油をつけて、ウチで食べてたんですよ。これがウマくてね……」
こういうのも賄(まかな)いメシといえるのかもしれないが、焼き寿司という単純な品名が良い。「ガキの頃」なんて言いまわしが、どことなく京浜地区のヤンチャ風にサマになっている啓友さん、寿司を握るばかりではなく様々なことをやられているようで、3枚の名刺をいただいた。1つは「大井町東口商店街振興組合 理事長」、さらに「東京学生柔道連盟理事 明治学院大学体育会柔道部OB会長」という名刺に“講道館柔道六段”と記されている。つまり、柔の達人なのだ。
そして、もう1枚の店の名刺には金井寿司とともに「スタンドバー ワイルドミーちゃん」と記されている。
「この地下で、娘が居酒屋をやっているんですよ。ミーちゃんってのは可愛がっている猫の名前」
こういう小路の寿司屋に地下のお店があるとは驚いたが、なんでも先代(大旦那)が若い頃に浅草で行ったジャズバーに憧れて、自ら地下を掘りおこして昭和33年(1958年)にジャズのレコードを流すバーを始めたのが発端だという。大井町東小路の金井寿司、焼き寿司にとどまらない、奥の深い店なのだ。
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住所東京都品川区東大井5-3-5
電話03-3474-8840
営業時間17:30~22:00(要予約)
定休日日、月曜、祝日
※掲載したお店や施設の臨時休業および年末年始・ゴールデンウイーク・お盆休みは営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2026年5月15日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
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泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『「冗談画報」という楽しい番組があった』(三賢社) 『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
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